• コラム:宋性黙仙人

宋性黙(ソンソンムク)との出会いは、パンソリ日本公演であった。このとき、人々を魅了する古典藝能パンソリを眼前ではじめて見聞させて戴いたことが昨日の如く脳裏に浮かび上がってくる。この身体パフォマンスには、ことばが判らずともその声の響き合いからも氣相いとなって此方(こちら)の身体の奥底に伝わってくるのだ。 素晴らしき哉人生の一片、パンソリ唱者が私の前に居た。



韓国太田市韓南大学校の安増煥先生がパンソリを熱く語ってくれもした。この太田駅で再会し、南の全羅道へ車で向かった。パンソリのふるさとを自ら案内いただく小旅行であった。彼が友人の別荘に共に寝起きし、早朝どちらともなく起きだし、自然の山野を二人で散策した。草樹木に立ちどまっては触れ、此の地が育み、人から人ヘと繋ぎ続けてきた伝承藝能の大地を一日歩み一日走ったのだ。峠の茶屋では筆をとり各々画作した。

山寺では人知れず描き出された祖先の遺産である扉絵を手づから開け閉めして私に「杵つく兎図」〔=中国は仙薬(せんやく)を造るが韓国・日本、ハンガリーは餅搗きを云う〕を見せて戴く慮外を今も忘れずにいる。漢詩を書き、読む慣習もお持ち合わせであったのが幸いであった。「春香傳(チユニヤンジヨン)」の舞台にあっては、亭臺(チヨンジヤ)の東西南北に奉納された数々の扁額を読むなかで、その場がまたパンソリを演ずる当に舞台にもなった。心持ちの深大さを持ち合わせていらっしゃるのだ。修行苦難の道を微塵も感じさせない、「チョッタ!」と間の手と声を入れる瞬間でもある。
宋性黙(ソンソンムク)は、松樹をこよなく愛する人でもある。画絵には常に松の木々が描き出され、その場に立つ姿態はこれまたよく似合う。この松が人の心身を安らぎへと導くことを自ずと知っているのだ。これを仙人と評して相応(ふさわ)しき言動の一端として茲に紹介させて戴いた次第である。
駒澤大学総合教育研究部教授 萩原義雄